2017/05/26   一年あれば人は変われる

ちょうど一年前、『聞いてびっくり「あの世」の仕組み』が編集・発行された。
一年経っても売れ続け、現在16刷で12万8000部まできている。
書籍のおもしろさがわかった。
同時にたいへんさもわかったけど、
雑誌編集から書籍編集・執筆へと移行しつつあるのがとても嬉しい。

その一年前を振り返ると、
ちょうど今ごろ「エニアグラム」のMOOKの編集をしていた。
この「エニアグラム」に出会わなかったら、きっと今の自分はなかっただろう。
編集をしていただけなのに、驚くほどのショックを受けた。
今まで自分が信じていた"自分像"をまったく否定された。
否定されて、「そんなわけないだろう!」と自分を真剣に何度も振り返っているうちに、言われた通りのほうが、だんぜん自分が自分らしいことに気がついた。
それからは、いたって気が楽になった。

この一年で取り組み始めていることがいくつかある。
ひとつは、旧暦のリズムで生活するとどうなるのかを自分で試していること。
アレルギー物質をからだから少しずつ取り除くことや、
合成洗剤や化学物質を極力使わないことも、そのひとつ。
エコロジストになったわけではない。
自分が快適と思う感覚に素直になりつつあるだけだ。

今日5月26日は、旧暦で皐月一日。
新月の日に何かをはじめるのは、理にかなっていると思っている。
本日、歯の金属をひとつ外してきた。
アレルギー反応のある金属を取り除くことをスタート。
さて、どのような身体反応が待っていることやら。

そうそう、ブログも新月スタート!
きちんと続きますように!!




2015/04/07   コーヒー淹れて十何年・・・・・

事務所でコーヒーを淹れるようになったのは、いつ頃のことだったろう。

一日に1~3回、一杯から多い時には7~8杯淹れることもある。

ということは、一年に330日は事務所に来ているとして、一日に2回平均で660回・・・・・。
15年間続けているとすると、660×15=9900!
きっと一万回以上は淹れているのだろう。

今では、コーヒーミルで豆を挽いている時に、音と手に伝わる感覚と、豆が砕けることでたつ香りで、豆の挽き具合は何となくわかる。
濃いめ、さらりめも、何となく淹れ分けられる。

一万回もやれば、何となくわかってくるものなのだろう。


そういうことなのだよ!
まるで突然変異のように急変することなんてめったにない。
また、それを期待していても、いつ訪れるのかはわからない。
だから、やり続けることが大切なのだ。
やり続けていれば、何かがわかってくるということなのだ。

今は「何となく」だけど、これが「少しわかる」、「もう少し明確にわかる」「確実にわかる」まで来ると、
プロフェッショナルなり、職人となるのだと思う。

すぐにでも、そうなりたいなら、一年で一万回、いや一ヵ月で一万回くらいやれば、早く近づけるかも・・・・・。


ちなみに、自分で淹れるコーヒーは、カップになみなみと注ぐのが好きです!

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2013/09/28   昨日の夜の事務所での会話

19時を過ぎたあたりだったろうか、スタッフのモモが、先輩スタッフにいきなり質問をした。
「宇宙ってどうなっていると思います?」

前日、仕事帰りに近所の「いせや」(http://www.iseya-kichijoji.jp/で焼き鳥を食べながら、宇宙ってどうなっているのかとか、UFOを見たことあるかとか、エネルギーがどうのこうのとか、話をしていた(そんな話題ばかりだったので、周りの人たちはヘンな人たちと思ったかもしれない)。
その延長で、いせやにいなかった先輩への質問だったようだ。

モモの宇宙観は、太陽や地球が収まっている四角い水槽があって、それを上から見ている存在があり、さらにその下に公務員的な働きをする人がいて、その存在がモモの人生などを決めているのだという。

オレは、宇宙は爆発的にまだ広がっているから果てはないと思うというと、モモは宇宙の果てまで行こうと思って手を伸ばしたら、コツンとぶつかったようだ。だから、四角い水槽なんだという。
そうか、ルフィのようにグングンと腕が伸びるんだ。うらやましい。

それから、時間の話になった。
時間は、今から未来に向かって流れるものなのか?

反対に、未来から現在へ、そして過去に向かって進んでいるのではないかという意見。
今といっしょに未来も過去も同等に存在しているのかもしれないという意見。
結論なんて出るもんじゃないが、そんな会話をしていた。シラフで。
そして、モモがひと言。
「こんな話ができるカレシがいいな」
モモは現在フリーのよう。
モモとこんな話をしてみたい人、連絡ください!




最近、「刹那(せつな)」が時間を表す言葉であることを知った。
仏教において、時間の概念の中の最小単位が刹那である。

120刹那=1怛刹那(たせつな)
60怛刹那=1臘縛(ろうばく)
30臘縛=1牟呼栗多(むこりった)
30牟呼栗多=1昼夜
つまり、24時間=30牟呼栗多=900(30×30)臘縛=54,000(900×60)怛刹那=6,480,000(54,000×120)刹那 ということになり、1刹那=1/75秒 となる。

この1刹那の中に、「生」と「滅」があるというのが仏教の教えだ。
わずか1/75秒の間に、発生と消滅が繰り返されているという。

   1/75秒って、0.0133秒だ。
   水泳でタッチの差で、とよくいうが、
   100m平泳ぎの北島康介の自己ベストが58秒90で計算すると、
   1刹那で約17mm。指の関節一本分くらいか。
――横道にそれた。


1刹那に生滅が起こり、その一瞬の生滅の存在が因となり、次の一瞬の生滅を生じさせる。
次に生まれたものは、前の存在とまったく同じあることはない。
1刹那に行われる生滅は「刹那無常」という。刹那無常が繰り返され、やがて、人が死んだり、植物が枯れたりする生滅は「相続無常」だ。

人は1刹那ごとに変化している。
一瞬前の自分は今の自分と異なっているし、一瞬先の自分は今の自分とは異なっている。
精神も変化している。常に同じ状態であり続けることはない。
肉体は、7年もすれば細胞すべてが入れ替わる。

すべての現象は、常に生滅変化を続け、瞬時といえどもとどまるところはないのだ。
そう、諸行無常。

はずかしい話をひとつ。
以前、「無常」を「無情」と混同していて、「諸行無常」を「諸行無情」だと思い込んでいた。
世の中のあらゆることは、情けのないことばかり・・・・・。
世間を斜めから見ていたころのこと。うう、穴があったら入りたい。


永久不滅のものはない。
同じところにとどまり続けるものはなく、万物はすべて変化を続ける。

変化を続けることをまったく厭わない。むしろ、どんどん変化をし続けたいほど。
やっと「諸行無常」の意味が少しは分かってきた(遅い? いいのいいの!)







「社長~!ボクにとって「刹那」はとても大切なものなんです!!」
「ほ~っ。キミも「刹那」の意味を知っていたのか?」
「はい。 ♪ きっと僕らは輝きたくて、生きる意味を探してた~♪」
「・・・・・」
「悲しいときは枯れるまで泣き うれしいときは腹かかえて笑い♪」
「だっからよ~!  それは、Greeeenの「刹那」でしょ!」


参考:『仏教から生まれた意外な日本語』千葉公慈著


2012/07/28   オリンピックとリーダーと

ロンドンオリンピックがはじまった。
特に、すごく待ちに待ったというカンジではなかったんだけど、始まってしまえば日本選手の動向は気になるし、新聞のTV欄をチェックしていたりする。

開会式の前からサッカーはゲームが始まっていて、なでしこは初戦の対カナダ戦を2×1で勝利し、男子もなんと優勝候補のスペインに1×0で勝利してしまった。
こうなったら、否が応でも盛り上がらざるおえない。

サッカーを見ていて、「リーダー」の重要性というのをすごく感じた。
以前、澤穂希選手が言った有名なコメントがある。
「試合中に苦しくなったら、私の背中を見て」

北京五輪の3位決定戦前のロッカールームで、銅メダルへの思いを、選手それぞれが発言する中でのコメントだったという。
しかし、澤選手本人は、よく覚えていないんだそうだ。
帰国後の記者会見の席で、宮間あや選手が「澤さんの"苦しくなったら、私の背中を見て"というメッセージをくれたので、私は最後の1秒まで、澤さんの背中を見て走り続けました」とコメント。
それを聞いた澤選手は、自分の伝えたかったことは、ちゃんと伝わっていたんだと思ったという。

しかし結果は、3位決定戦でドイツに敗れ、銅メダルには手が届かなかった。



そして4年。
澤選手は、体調不調を乗り越え、再び五輪という舞台に立っている。
宮間選手は、今度はキャプテンとして、澤選手と同じ舞台に立っている。

初戦の後、佐々木則夫監督が「ロッカールームでの宮間のコメントがカッコイイというか素晴らしくて、僕もジーンときて涙を流しそうになった。選手もけっこう涙していた」とコメントした。
何を言ったかはまだ知らないが、、帰国後、若い岩渕選手などが、「あの時の宮間選手の言葉が......」とかコメントしてくれるかもしれない。


なでしこというひとつのコンセプトに貫かれたチーム、受け継がれていく何かを確実にもっているチームは、強いと思う。
リーグがなくなってしまい、早くから招集され、勝ってもう一度国内の女子サッカーを盛り上がらせようとしているアメリカも、何となく強そうな気がする。

単純にゲームを応援するのではなく、背景まで観戦の楽しみにするのは日本人独特なんだそうだ。
でも、それってけっこう楽しい。
澤選手、宮間選手は、いかんなくリーダーシップを発揮して戦ってほしい


リーダーには、自分が先頭に立ってものごとを推し進めていくタイプと、適材適所にスタッフを配置して人を動かすコーディネータータイプと、大きくふたつにわけられるという。
この違ったタイプのリーダー、普通だと共存することはないけれど、スポーツの場合、チームキャプテンと監督という、うまい役割分担で共存する。
まあ監督というのは、自分でゲームに参加するわけではないから、当然と言えば当然なのだが、なでしこを見ていると、このバランスが秀逸だなと思う。

特に佐々木監督というのは、選手を盛り上げるのが驚くほどうまい。
先ほどの、コメントもしかり。練習中の笑顔としかめっ面の使い分けもしかり。

澤穂希、宮間あやというスペシャルな選手&キャプテンが機能している今は、このままでいい。
何か少しでも、機能不全の兆候が見えたときには、佐々木監督がなにか起爆剤を投入してくれるのだろう。
そんな困難を乗り越えて......なんていうストーリーがうまくできれば、オリンピックでも最後まで舞台に立ち続けるなでしこを見ることができるんだろう。
楽しみにしよう!


男子には、まだそういったストーリーが見えないんだけど、
オーバーエイジでキャプテンになった吉田麻也選手には強いリーダーシップを見せてほしい。



あっ、なでしこの2戦目が始まりそう・・・・・。
応援しなきゃ!