2015/08/31   「勝機」のつかみ方

マラソンのテレビ中継が好きで、いつも最後まで見てしまう。
これは母譲り。
昨日の世界陸上の女子マラソンも、日本選手が全員ゴールするまで見てしまった。
当然最後まで見ていた母が、途中でつぶやいていた。
「ここで出なきゃ勝てないのに......。飛び出す勇気をもたなきゃメダルには手が届かない」
ゴールのあとで、高橋尚子さんが解説で同じことを言っていた。

選手は、自信がなかったのか、不安だったのか、体力的に準備不足だったのか、
テレビの前で観ている者には分かるはずもない。結果論で、好きなことを言う。

日本選手がトップグループの先頭に立っていたときに思った。
「勝機」の見つけ方は難しいと。
勝機が何度かあったとしても、ピッタリタイミングを合わせないと、勝利は手にできない。
結局、誰もつかめなかった。

「勝機」は見えないし、触れないし、近くにあると感じても手に届かなかったり、
届いたと思ったらするりとすり抜けたり、と思ったらスッポリ手に入ってきたり......する。
「勝機」と「運」は、同じようなものだ。


人生に勝ち負けがあるのか知らない。
だから人生に、"人生の勝機"があるのかは分からない。
でも人生の中で、小さな勝利、小さな成功はある(もちろん、敗北も失敗もある)。
人は、小さな勝利を目指して、その勝機をつかもうとする。
何度もチャンスがあり、何度も成功したり失敗したりしているのに、その成功の法則を覚えていない。
つかみ損ねたときのことはよく覚えているのに、勝利を挙げたときに、いつどうやって勝機をつかんだのかを覚えていないからだ。

何かを変えるために行動を起こそうと思ったら、こんなひと言で立ち止まらされた。
「まずは、時期を待つことです。時期が来れば、開けます」
勝機をつかもうと、目をギラギラさせていると、つかみ損ねないという教訓だと言い聞かせる。
待つことも、時には必要だと。



そういえば、ウチの太極拳では、やる気がリキミに繋がることを戒める。
いつも、ゆるんだ状態(体と心がリラックスし、いい意味で力の抜けた状態)でいることが大切だということ。
確かに、その状態なら、いろいろなことにすばやく対応できる。
待つときは、リラックスした状態で!
勝機のつかみ方、その壱として覚えておこうっと!!


2015/08/24   百聞は一見にしかず......だが

「百聞は一見にしかず」
には続きがある。

百聞は一見にしかず
百見は一考にしかず
百考は一行にしかず

その意味は、
百聞くよりも、ひとつ見るほうがよい。
そして、百見るよりも、ひとつ考えるほうがよい。
そしてそして、百考えるよりは、ひとつ行動するほうがよい。

――つまり、聞いて見ているだけでは不十分。きちんと考えなければいけない。そして、いくら深く考えても行動しなければ、現実に影響を与えることができない。

ではないのだそうだ。


行動する前に考えろ。
頭の中だけでつくり上げた虚構ではなく、
現場をよく見て、他人の意見をよく聞いた上で考えをまとめろ!

という意味なのだという。


いろいろな意見があるだろうが、どちらも"よし"としたい。





2015/08/18   お盆

お盆の写真を見ると、羨ましいと感じる。
https://twitter.com/mari_kasejin/status/632504342071762944
長崎の精霊流し、
京都の大文字の送り火、
徳島の阿波おどり、
青森のねぶたまつり、
沖縄のエイサーもそうか......
故郷には、この時期、お盆にふさわしい行事がない。


家には仏壇があるが、迎え火や送り火はやらない。
提灯も下げない。
簡単な盆飾りをして、精霊馬を作る。
キュウリの馬と、ナスの牛。
ウチの盆飾りには不思議がある。
ほおずきを吊す横棒が2本あり、鳥居の形にする。
仏壇に鳥居......。
なぜ、そうするのか、毎年作っている母も不思議だと思っているという。
それが、嫁いできて教えてもらったやり方だから続けている。

地方によって、きっと盆飾りも違いがあるのだろう。
しかし、いろいろな地方のお盆を見る機会は、そうそうない。
正しいやり方があるのか、正解があるのか、知らない。
ネットを見ても、よくわからない。

そういえば、ウチの仏壇にはご本尊が祀られていない。お位牌だけだ。
昔からそうだったので、別段不思議に思わなかったが、どうも違うようだ。
父は、今のあり方が正しいと信じている。というか、疑いを持っていない。


どうも、人は年齢を重ねさえすれば、諦観に達することができるわけではなさそうだ。
いくつになっても知らないことはたくさんある。
何もなければ、知らないまま。
それが、知らなくてもいいものならいいが、人としてとても重要な何かだったら、どうしよう。
もう手遅れです......となってしまうこともあるのだろうか。
知ろうとする姿勢、教えてもらおうとする姿勢があれば、いくつになっても知ることは可能なはず。
自分の知識がすべてだなんて思わず、謙虚に行こう。


お盆休みが終わり、東京には人が戻ってきた。


2015/08/17   大切なのは......

わたしにとって大切なのは

世界をほんの少し、良い場所にして去ることだ





ラルフ・ウォルドー・エマーソン

2015/08/10   言葉に含まれる意図

代表監督のコメントがひとり歩きする。
メディアは、読む者があれこれと想像できようなコメントを伝える。

「言い訳ばかりしているとメディアは伝えているが、それに対して怒っている」と言ったとか、
「わたしは、フットボールを知っている」と言ったとか、
まるでケンカを売っているよう。

格好の餌食となるのに......。

監督のコメントよりも、選手のコメントに気になるものが多かった。
「自分のクオリティーの低さを痛感した」
「自分は代表に縁がないのかな」

反省のコメントはまだいい。
しかし、マイナスの要素が強すぎるのだ。
選手は、そんな悲しいコメントをはいてはいけない。
選手に、そんな悲しいコメントをはかせてはいけない。

マイナスは、マイナスを呼び込む。


監督は、今回のメンバーの中で、2、3人素晴らしい選手を見つけたという。
ということは、20何人かはダメだと言うこと。

だんだん代表、観たくなくなっちゃうなあ......。



言葉はひとり歩きをする。
発したときと違う意図で伝わることもある。
しかし、伝わるだろう方向性を想像することはできる。
防御策を施すことも不可能ではない。
それよりもなによりも、向いている方向性が"健全"でないといけない。

言葉をつかう者として、人の振り見て我が振り直そっと思った。


言葉は意図が含まれている。
狂気と驚喜とどちらにも変容する準備を整えて待っている。



ところで、代表監督とオーケストラの指揮者って似ているもの?
どんなにいい演奏者が揃っても、どんなにいい楽器を揃えても、指揮者がどんな音楽を奏でたいかによって、演奏されるものは大きく違ってきてしまう。同じ曲とは思えないほどに。
逆もまた真なり!

どうせなら、心に響いてくるようなエネルギーに満ちた、感動的な音楽を聞きたいものだ。



2015/08/07   ダメ出しは......苦手

いろいろなことにダメ出ししている上司がいる。
体脂肪が多いだの、基礎体力がないだの、ファイトしてないだの......。

それで結果が出なかったら、「ほろ、言った通りだろ」となるのか、
それとも、さらに八つ当たりするのか。
「オマエらが、ダメだったから」


チームゲームからみる、目標達成や理想を実現するためのアプローチは、大きく分けてふたつと、その中間。
達成するために、自分の方法論にあった人を集める。
今いるメンバーで、できることをベースに、あった戦術や方法を生みだす。

理想ばかり言っていても、結局勝てなければ非難にさらされるのは明々白々。
だから勝つために、 お金のあるところはお金をかけて人を集める。
お金のないチームは、おのずと選択肢は狭められる。
国の代表チームも同じ。
どんなに、お金を積んでもメッシを日本代表に呼ぶことはできない。

思った人材がそこにいなかった場合どうするか。
そこが問われている。


ダメ出しは、まず自分の立場を有利に働かせる効果がある。
赴任したばかりの上司が、部下にダメ出しするのは、自分の立場が上だぞということを示す効果がある。
いわば動物のマウントのようなもの?

一方で、ダメ出しは必要だとする考えもある。
ダメ出しして自覚させなければ、その人のおかれた状況もわからないだろうし、さらなる成長もできない。
だから言う。

自己顕示欲からくるダメ出しと、愛情からくるダメ出し。
厄介なのは、愛情のあるダメ出しだったのに、結果が出なくて言い訳となってしまう状況......。これは厳しい。



自分のことを考えると、ダメ出しばかりされると、モチベーションが上がらない。
欠点ばかりを指摘されると、イヤになってしまうタイプ。
おだてられて木に登るほうだ。
○○もできないの!?
こうあるべき!
△△すべき......も苦手だ。

人を育てるのに、長所を伸ばすのがいいか、短所を補うのがいいかという比較がある。

ピンチのときや勝負の場面、ここぞというときに、何をよりどころとするか。
苦しい思いをして補ってきた短所か、
苦しい思いをして伸ばしてきた長所か、
同じ「これだけやってきたのだから」――という強いモチベーションになるのは、自分のストロングポイントを強化してきたほうだと思う。



人の上に立つ人は、部下や周りに、そうしたほうがいいという話ではない。
自分自身に対して、どちらを選択するほうが、自分が納得するかということ。
短所には目をつぶって、放っておいてもいいということでもない。


もうすぐ、今おかれている状況の結果が出る(代表チームの話ね)。
上に立つ人には早く、人にダメ出ししたり、批判ばかりしている自分に気づき、状況を極力冷静になって見つめ、少しでもその"不健全"な状態から脱してほしい。
それが、自分のためでもあり、スタッフやチームのためでもあり、日本のためでもあるのだから。

どちらにして、結果は時間とともに訪れる



2015/08/06   黙祷から始まるこの日

8月6日午前8時15分。
広島に思いを馳せて黙祷をする。

式典では、子どもたちが平和への思いを読み上げ、
大人が通り一遍のあいさつをする。


自分は、特別な平和主義者はない。
しかし、8月6日には特別な思いがある。
それは......















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誕生日だからだ。

御祝いしてくれてありがとう!