2014/03/21   判断するということ

人は、さまざまなシチュエーションにおいて、常にものごとを判断しながら生きている。

では、判断するとき、何を基準としているのだろう。



経営者が、「会社と従業員の利益を最優先に考える」と言うことに対して、
それは違うという人は少ないだろう。

しかし、どうも、そういうことじゃないような気もするのだ。
(迷う経営者、悩む経営者・・・・・)



思想家、哲学者の言葉から。

「損得を考えているから、何が正しいか分からなくなる」

何が喜ばしいかを基準にせよ。

自分にとってではなく、多くの人にとって喜ばしいことを。






「プラスかマイナスかという価値判断基準を捨てよ」

健康はプラス、病気はマイナス

合格はプラス、不合格はマイナス

お金がたくさんあるはプラス、お金がないはマイナス

地位が高いのはプラス、低いのはマイナス

生存はプラス、死はマイナス

安楽はプラス、苦労はマイナス・・・・・

こういった価値観や考えをもっている限り、それらの基準に照らし合わせて
自分はプラスの状態か、マイナスの状態かを判断してしまう。

周りの価値観にあわせることは悪いことではないが、
物質的な観点のみになってしまうと、物質的な成功こそがプラスとして
意味や価値をもつことになってしまう。




成功している企業には、金儲けだけでないコンセプトがあるとよくいわれる。

何をもって成功なのか、その判断基準が、物質的なこと以外にもあるということなのだろう。

人の人生の最終目的は何なのか・・・・・。




「人生をつまらなくするのは簡単だ。結果や報酬を目的として生きればいい」

物質や金銭は、人が利用するものであって、それ自体には価値はない。

価値になり得るのは、心や精神に触れるものだ、と思想家は言う。





「価値」というのは、あらかじめ決められて、そこにあるのではない。

何かに「価値」を与えるのは、常に自分自身である。



人生において、あらかじめ用意された「正解」は、どこにもない。

意味を備えたものがあるのではなく、自分自身が関わったときに初めて意味をなすのだ。



さらに、あらかじめ固定された「自己」はない。

何かに成ろうとし続ける、その継続によって「自己」ができるのだ。


人は何にでもなれる。

何でも自由にできる。

可能性は大きく開かれている。

性格は、固定されたものではない。

だから、周りの意見や占いなどによって、自分の可能性を狭くしない方がいい。





では、会社で、この事業体で何をやっていくのか。


こんな言葉にも出会った。

「仕事」そのものには意味はない。

「仕事」は、道具にすぎない。

「仕事」は、自分を表現する道具でしかない。

「仕事」をすることを通じて、自分自身が意味をもつ。

どのような「仕事」であっても、本質は世の理を表現すること。





何が正解なのか、それは時間が証明するのだろうか。

あの時、こうしておけば良かったとか、

あの時、こうしたから今があるとか。


本質的なことを見極めるには、

時間と空間を俯瞰して全体を見渡せる視点を

もたなければいけない。




そっか・・・・・

to be continued








「社長~っ!」
「なにかな?」
「全体を俯瞰して見る目をもてと教えてもらいましたが、時間も超越するんですか?」
「そうだね・・・・・無記!」
「あ~っ! また、都合の悪いことになるとすぐ"無記"だ!!」
「だっからよ~! ・・・・・確かに都合いいな」







参考:白取春彦著『頭がよくなる思考術』
白取春彦著『頭がよくなる逆転の思考術』
飯田史彦著『完全版 生きがいの創造』





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