2012/07/28   オリンピックとリーダーと

ロンドンオリンピックがはじまった。
特に、すごく待ちに待ったというカンジではなかったんだけど、始まってしまえば日本選手の動向は気になるし、新聞のTV欄をチェックしていたりする。

開会式の前からサッカーはゲームが始まっていて、なでしこは初戦の対カナダ戦を2×1で勝利し、男子もなんと優勝候補のスペインに1×0で勝利してしまった。
こうなったら、否が応でも盛り上がらざるおえない。

サッカーを見ていて、「リーダー」の重要性というのをすごく感じた。
以前、澤穂希選手が言った有名なコメントがある。
「試合中に苦しくなったら、私の背中を見て」

北京五輪の3位決定戦前のロッカールームで、銅メダルへの思いを、選手それぞれが発言する中でのコメントだったという。
しかし、澤選手本人は、よく覚えていないんだそうだ。
帰国後の記者会見の席で、宮間あや選手が「澤さんの"苦しくなったら、私の背中を見て"というメッセージをくれたので、私は最後の1秒まで、澤さんの背中を見て走り続けました」とコメント。
それを聞いた澤選手は、自分の伝えたかったことは、ちゃんと伝わっていたんだと思ったという。

しかし結果は、3位決定戦でドイツに敗れ、銅メダルには手が届かなかった。



そして4年。
澤選手は、体調不調を乗り越え、再び五輪という舞台に立っている。
宮間選手は、今度はキャプテンとして、澤選手と同じ舞台に立っている。

初戦の後、佐々木則夫監督が「ロッカールームでの宮間のコメントがカッコイイというか素晴らしくて、僕もジーンときて涙を流しそうになった。選手もけっこう涙していた」とコメントした。
何を言ったかはまだ知らないが、、帰国後、若い岩渕選手などが、「あの時の宮間選手の言葉が......」とかコメントしてくれるかもしれない。


なでしこというひとつのコンセプトに貫かれたチーム、受け継がれていく何かを確実にもっているチームは、強いと思う。
リーグがなくなってしまい、早くから招集され、勝ってもう一度国内の女子サッカーを盛り上がらせようとしているアメリカも、何となく強そうな気がする。

単純にゲームを応援するのではなく、背景まで観戦の楽しみにするのは日本人独特なんだそうだ。
でも、それってけっこう楽しい。
澤選手、宮間選手は、いかんなくリーダーシップを発揮して戦ってほしい


リーダーには、自分が先頭に立ってものごとを推し進めていくタイプと、適材適所にスタッフを配置して人を動かすコーディネータータイプと、大きくふたつにわけられるという。
この違ったタイプのリーダー、普通だと共存することはないけれど、スポーツの場合、チームキャプテンと監督という、うまい役割分担で共存する。
まあ監督というのは、自分でゲームに参加するわけではないから、当然と言えば当然なのだが、なでしこを見ていると、このバランスが秀逸だなと思う。

特に佐々木監督というのは、選手を盛り上げるのが驚くほどうまい。
先ほどの、コメントもしかり。練習中の笑顔としかめっ面の使い分けもしかり。

澤穂希、宮間あやというスペシャルな選手&キャプテンが機能している今は、このままでいい。
何か少しでも、機能不全の兆候が見えたときには、佐々木監督がなにか起爆剤を投入してくれるのだろう。
そんな困難を乗り越えて......なんていうストーリーがうまくできれば、オリンピックでも最後まで舞台に立ち続けるなでしこを見ることができるんだろう。
楽しみにしよう!


男子には、まだそういったストーリーが見えないんだけど、
オーバーエイジでキャプテンになった吉田麻也選手には強いリーダーシップを見せてほしい。



あっ、なでしこの2戦目が始まりそう・・・・・。
応援しなきゃ!












2012/07/15   「ヒッグス粒子」と日本の神々

ついに実験で検証された「ヒッグス粒子」。
大きな話題になっているが、なんだか理科系だったわりには聞いたことないなと思って、調べてみた。
(要するに、勉強していない理科系だったってことなんだけどね)

そもそも素粒子とは......
物質を、細かく分割していく、細胞、原子、原子核、中性子......どんどん細かく分けていって、これ以上分割できないもっとも小さな単位のこと、だと思っていた。

半分あたっていて、半分はずれていた。
素粒子には、「物質を構成する素粒子」と「力を伝える素粒子」があるのだという。

「物質を構成する素粒子」とは、「電子」とか「ニュートリノ」とか、比較的耳馴染みのする素粒子たち。
「力を伝える素粒子」には、「光子」なんてのが入っている。

「ヒッグス粒子」は、どちらかというと「力を伝える素粒子」のジャンルに入るか、独立したジャンルで、「質量の起源となる素粒子」なんだそうだ。


この「物質を構成する素粒子」と「力を伝える素粒子」がいくつあるかというと、
物理学の基本ルールである標準理論上、あわせて17種類!

「ヒッグス粒子」は、実験で検証された最後の素粒子なんだそうだ。
(実際、実験では、99.9999%の確率で発見したということで、年内には確定するとみられているらしい)


ビッグバンの後、質量を持っておらず宇宙を光速で飛んでいた素粒子たちに、ヒッグス粒子がまとわりつき、質量を持った素粒子が集まりだし、原子核ができ、原子ができ、物質ができ、星ができ、銀河ができ、地球もでき、生命が生まれた......という。
「ヒッグス粒子」がなかったら生命も生まれてこず、"あなたも存在しなかった"、ということから、「ヒッグス粒子」は、「神の粒子」と呼ばれるようになっていた。


「神の粒子」か......そう来るか! なんて思っていたときにちょうど読んでいたのが、古事記だった。
『現代語 古事記』(武田恒泰著、学研)
冒頭の有名なところで偶然発見した符合。
伊耶那岐神と伊耶那美神の国生み、それに続く、神生みの部分。
伊耶那岐神と伊耶那美神が最初にお生みになった神々が、なんと十七柱だった!

あらま、同じ17なのね!! となんだかその偶然が嬉しくなってしまった。



実際、「標準理論」上、素粒子は17種類だが、仮説上の素粒子というのがまだまだたくさんある。
「重力子」なんて、何となく聞いたことのあるものも、仮説上の素粒子のひとつだ。


世の中を、もっと複雑に知りたいと思ったら、今の標準理論だけでは説明がつけられなくなるのだろう。
そうなってくると、今は"仮説"と呼ばれている理論や考えが、やがて"標準理論"となり、またさらに仮説がどんどん生まれ続ける......。けっして、17のまま留まることはないのだろう。
そんなふうに、"標準"といわれる理論がもっともっと増えていけば、世の真理や"理"といったものがさらにわかってきて、より深く知ることができるようになる。楽しみだなあ。


伊耶那岐神、伊耶那美神の神生みは、十七柱をお生みになっている途中で、その十七柱の中の河の神である速秋津日子神と速秋津比売神が八柱の神をお生みになり、また山の神の大山津見神と野の神の鹿屋野比売神も八柱の神をお生みになり......と、どんどん神生みは続いていった。



"理"は普遍なのだろうか、それとも刻々と変化を続けているのだろうか。
近づいたと思ったら、いつの間にか離れていた.....なんてこともあるのだろうか.。
でも、そういったことを繰り返しながらも追求することをやめなければ、きっと何かに気づくことができるのだろう。そう信じている。










2012/07/11   相手をリスペクトするということ

先月、6月20日にプロボクシングのミニマム級統一戦があった。
WBCチャンピオン井岡一翔(いおかかずと)とWBAチャンピオン八重樫 東(やえがし あきら)の戦いだった。
(しかし、名前読めないよね! カズトとアキラ)

TV放映の視聴率が、関東地区で18.2%、関西地区で22.3%で、たぶん今までボクシングを観戦したことない人まで熱くさせたのではないかと思う。
実際、Twitterで、以前ウチの事務所にいた、@plusbesugino さんなど、号泣したとツイートしていた。

ロンドン五輪出場が決まったサッカー日本代表の×バーレーン戦の視聴率が、関東地区19.3%、関西地区16.6%だったから、いかにあの試合が注目を集め、しかもいい試合だったかがわかる。

続いて先日、WBCスーパーフライ級世界タイトルマッチが行われた。
チャンピオン佐藤洋太×同級1位シルベスター・ロペス(フィリピン)の戦い。
ハードパンチャーで、高いKO率を誇る挑戦者とのことだったが、 リーチにまさり、トリッキーな動きをみせる余裕のあったチャンピオンが、挑戦者を翻弄して圧倒的な差で判定勝ちした。

そして、7月16日にはWBA世界スーパーフェザー級チャンピオンの内山高志が同級7位マイケル・ファレナスの挑戦を受ける。
内山高志は、かなりのハードパンチのチャンピオンで、スカッとした戦いが期待できる。
今から楽しみだ。



と、別にプロボクシングコラムを書いているわけじゃなくて、実は先日の佐藤洋太の世界戦の後で、気になるコメントを聞いてしまったのだ。

その世界戦を観戦していた、あのボクシング三兄弟の三男が、観戦後に「パンチもないし、(戦ったとしたら)普通に勝てる」とコメントしたとメディアが流した。
もちろん直接聞いたわけではないので、本当にそんなコメントだったのかどうか、真偽の程は定かではない。
しかし、なんだか寂しさを感じてしまったのだ。


戦いだから、相手を挑発したり、すかしたりするのは戦術のひとつである。
駆け引きはあって当たり前だと思う。
でもね、井岡と八重樫のような戦いを見ちゃったワケですよ。
我々はすでに。

そこには少なくとも相手をリスペクトする姿勢があったように思えたんだよね。

ボクシングのように、お互いの命を削りあうような戦いをするとき、そこでは相手をけなすこともなく、自分を卑下することもなく、ひたすら相手にパンチを入れることに集中するわけでしょう。
そんなやりとりをする相手が、"へなちょこ"じゃイヤじゃないですか。
なのに、あいつは"チキンだ"的な発言をいつもする(いつもメディアが流す)。

ボクシングって、見るほうは、一瞬も気の抜けないピリピリとした緊張感と、信じられないほど早く強いパンチと、折れない気持ちと、闘う姿勢を観たいのに、観る前から水をさされてしまう。

相手をリスペクトしないから、相手からもリスペクトされない。
だから凡庸な戦いしかできなくなってしまう・・・・・なんてことってあるんじゃないだろうか。



実は、仕事もいっしょだと、ずっと思っている。
取材先や取引先をいかにリスペクトするか、そして相手からもリスペクトされるか。
いや、リスペクトされることが目標なのではない。まず、相手をリスペクトすること・・・・・
リスペクトという言葉が適しているかどうかも怪しいのだが。
それは、やりとりの中で生まれてくる信頼感とか、相手のためにもっといいものを作りたくなる向上心とか、そういったもののことなのだ。
(もちろん、"純粋に"尊敬"できる人もいる)

版元だったり、作家さんだったり、タレントさんだったり、一般人だったり、お店の店長さんだったり、
またときには、企業の社長だったり、広告代理店の営業担当だったり・・・・・
我々の仕事の相手は幅広い。
しかし、相手によってその気持ちはわかることはない。
仕事は、相手をリスペクトすることからはじまる。

どちらが上とか下とか、ない。
エライとか、偉くないとかも、考えない。
どんなことを考え、何を思い、何をしてきて、何をしようとしているのか。
よくよく調べたり、事前に情報を仕入れていれば、自分にはない、自分にはできない、相手のスゴイところがたくさんわかってくる。
あるいは、話を聞きながら、そういった気持ちになることもある。

新しいことをはじめようとするとき、今までにない企画を考えているとき、相手とバトルことがよくある。
キライだから闘っているのではない。
リスペクトする気持ちをもちながら闘うことができれば、ひとつ上の高みに到達できるかもしれないと、思っているからなのだ。


取材の現場は楽しいし、企画の打ち合わせも楽しい。
楽しく意見を交わしたり、闘っていると感じられるときは、いいものになる予感がするし、
実際にできたり、読者やユーザーに好評だったりする・・・・・。

本当のところ、仕事の成果というのは、とても見えづらいものなのだが、
仕事の過程は、ボクシングの戦いのようにありたいと思う。


プロボクサーがリングに上がり、相手と拳を交えるように、仕事がしていければいいな!