2011/10/19   企画と電車から考えた、すでにあるものに一喜一憂するということ

昨日の帰宅のとき、その前日に乗った電車よりも、新宿発が3分早いものに乗った。
そうしたらなんと! 家に着くのが、20分も早かったのだ!!

単にラッキーだったのか、"運"を引き寄せたのか・・・・・なんて思ってもみたが、冷静に考えると以前にも、この時間発の電車には乗っていたはず。
偶然にも、前日そしてたぶんその前日にも、その3分後の電車に乗っていたから、昨日のことがとても印象的だったのだと思う。


仕事上で企画を考えるとき、「企画というのは組合せだから」ということをよく言っていた。
まったくのゼロから、今までにない新しいことを生み出そうなんて考えてはいけない、ともよく言った。
だって、もし世の中にないまったく新しいものが目の前に出現したとしたら、人はそれを素直に受け入れると思う?
まず、見たことも聞いたことも、触れたこともないものには、警戒心をもつのが普通だと思うから。

仕事上で求められる企画というのは、例えば新商品を(もちろん、まったく今までこの世の中に存在していなかったものではない)、売り出そうとするとき、いかに人々にその商品を訴求し、いいイメージをもってもらい、手に取らせ、購入させるかを考えるわけだから、人が心地よく思ったり、安心して聞いてくれたり、信頼して購入するきっかけをあたえる内容でなくてはならない。
そんなところに、人が心から警戒心を抱くようなものを見せつけてしまっては、意味がない。

企画というのは、組合せなのだと思う。
さまざまな点と点を結びつけ、いかに目新しく斬新でユニークで心地よい組合せを提示できるかということ。
その組合せが、たったふたつの誰もが知っている結びつけだったら、きっと人の共感は呼ばない。
それは、面白くないとか、今までに見たことある、と言われてしまうのだ。

だから、よりたくさんの点を組合せて、しかもそれが複雑とは見せずに、さらにその点が思いもよらないものの組合せであったとしたら、人は興味をそそられ、意外性に驚き、企画として賞賛されるようになるのだと思う。


その「点」。
これは、世にすでにあるものたち。
この点自体が、まったく新しい存在であることはない。

点にしても、3分前の電車にしても、既存のものだ。
ただ、3分後の電車に乗ったことがなければ、3分前の電車に乗れば20分早くということは着くことは、実体験できない。
また、早く着くことをよしとするのか、ゆっくりでも座っていけるほうがいいとするのか。
もしかしたら、早く帰りたくない人だっているかもしれない。
そういう人にとっては、20分早く着くことが、いいことではないかもしれない。


われわれはどうも、"すでにあること"に対して一喜一憂しすぎているようだ。
それしか知らなければ、そのこと自体が"いい"とも"よくない"とも判断はつかないものなのに。

この前に書いた、「成功」と「失敗」だって、何を基準に成功、失敗と言っているのか、深く考えるとわからなくなってくる。
「今とてもつらい」と思っている人だって、別の立場の人から見れば「そんなもんで、つらいって言う?」ということだって、なきにしもあらず。
違った角度で見ることができれば、「あれっ? なんでつらいんだっけ?」となるかもしれない。

それは、心のもちよう・・・・・という言葉では片付けられない、もっと深い、人間としての何かがあるのだと思う。



「社長! ボクは目の前にある"締め切り"や"納期"に一喜一憂することをやめました!」
「だっからよ~!!」



コメントする