2017/05/26   一年あれば人は変われる

ちょうど一年前、『聞いてびっくり「あの世」の仕組み』が編集・発行された。
一年経っても売れ続け、現在16刷で12万8000部まできている。
書籍のおもしろさがわかった。
同時にたいへんさもわかったけど、
雑誌編集から書籍編集・執筆へと移行しつつあるのがとても嬉しい。

その一年前を振り返ると、
ちょうど今ごろ「エニアグラム」のMOOKの編集をしていた。
この「エニアグラム」に出会わなかったら、きっと今の自分はなかっただろう。
編集をしていただけなのに、驚くほどのショックを受けた。
今まで自分が信じていた"自分像"をまったく否定された。
否定されて、「そんなわけないだろう!」と自分を真剣に何度も振り返っているうちに、言われた通りのほうが、だんぜん自分が自分らしいことに気がついた。
それからは、いたって気が楽になった。

この一年で取り組み始めていることがいくつかある。
ひとつは、旧暦のリズムで生活するとどうなるのかを自分で試していること。
アレルギー物質をからだから少しずつ取り除くことや、
合成洗剤や化学物質を極力使わないことも、そのひとつ。
エコロジストになったわけではない。
自分が快適と思う感覚に素直になりつつあるだけだ。

今日5月26日は、旧暦で皐月一日。
新月の日に何かをはじめるのは、理にかなっていると思っている。
本日、歯の金属をひとつ外してきた。
アレルギー反応のある金属を取り除くことをスタート。
さて、どのような身体反応が待っていることやら。

そうそう、ブログも新月スタート!
きちんと続きますように!!




2016/04/19   High thinking!

ウィリアム・ワーズワースの詩のなかの一節。

Plain living and high thinking

質素な生活と高遠な思索と訳すのか......。

新潮の『考える人』という雑誌があるが、創刊のときの理念が「plain living, high thinking」だったそう。
これは、シンプルな暮らし、自分の頭で考える力と訳していた。


「High thinking」がとても大切だと感じていたときに出会った言葉。

「Plain living」じゃないと、「High thinking」が実行できないのだろうか!?
たしかに、そのほうがよりクリアに考えられる気はするが、どうなんだろう。

2016/02/18   「失敗」なんてない!?

トーマス・エジソンの言葉

I have not failed, not once. I've discovered ten thousand ways that don't work.

私は一度も失敗したことがない。何万通りもの、うまくいかない方法を発見しただけだ。



うまくいかなかったことを、「失敗した-」と落ち込んだり後悔したりするのではなく、
「こうするとうまくいかないんだ。ある意味ラッキー!」と捉えられればいいのだね。

「そんな、超ポジティブになれない」と思うか、
「なるほど、できそう」と思うか。

意外とできるかもしれない......と思っておこう。

2016/02/13   重力波

2016年2月、
「重力波」が初めて観測されたと発表があった。
アインシュタインが、その存在を提唱したのが1916年。
ちょうど100年前のことだった。
100年を経て、やっと観察にいたった。

100年!

100年前に、すでにその存在を確証していたことも凄いが、
100年間も観測できなかったという事実も、凄いと思う。

存在自体は、以前から証明されていたようだ。
(これが科学のおもしろいところで、目には見えない、観測もされていない。しかしあるとしないと、さまざまな事象が証明できない......じゃあ、あるのだろう......というところ)


では、「重力波」が観測されたことによって、なにが変わるのか。
少なくとも、日常生活には何の変わりもない。

で、ちょっと調べたら、
重力波にもいろいろあるので、そのなかでも、宇宙ができるきっかけであるビッグバンの重力波を観測できたら宇宙の成り立ちが分かるかもしれないとか、
初めて赤外線で宇宙を見たら、宇宙は星々が生まれてくる高温の塵の塊でいっぱいだったと分かったとか、
初めてX線で宇宙を見たら、星々の死骸だらけだったとか、
初めてマイクロ波で宇宙を見たら、ビッグバンの高熱の名残がいたるところに存在していたことが分かったらしい。
だから、重力波を使いこなせるようになり、重力波で宇宙を見たら、今まで知らなかった宇宙の顔が垣間見られるかもしれない......ということもあるらしい。

なんだか"すごいこと"に、あれこれと理由をつけようとしているようだけど、
本当は、心と頭が「なんだかすごそう!」と、無条件にワクワクしているのだ。

科学少年だったことの記憶が蘇る~!


2015/09/18   大切なのは......続き

ラルフ・エマーソンの言葉を書いた。

「わたしにとって大切なのは
 世界をほんの少し、よい場所にして去ることだ


ネットで飛びかう発言を見ていると、解釈次第では、いろいろな捉え方ができると感じた。

"人の不正を暴く""正義の味方"を気取ると、
人の発言や行動を批判することは、「世界をよい場所に」するためにやっていることだと、言えないこともない。

でも、この言葉は、悪を正すという発想ではないと思う。
「ほんの少し」「よい場所にして去る」とは、
自分でできること(だから、ほんの少し)を、
できる範囲で生きやすくする(つまり、よい場所にする)、くらいの意味だ。
相手を叩きつぶそうとか、葬り去ろうという発想はない。
人の上に君臨するわけでもない(だから、去る)のだ。

気をつけないと、「世界をよくするために」、人と戦ってしまう。
戦うからには、勝とうとする。

戦いは、多くの場合、間違っている。
「たたかい」が必要だとするなら、それは「戦い」ではなく、「闘い」だ。
戦いは人を傷つけるが、闘いは自分を成長させる。


あいまいな言葉は、想像力が刺激され、さまざまないい発想に膨らむこともあるが、危険な発想に突き進むこともある。

言葉や文章を綴るのは難しい。
言葉の意味や、文章の意図を伝える仕事は......おもしろい




2015/09/09   これからの時代に人は何をしてけばいいか

産業革命が起こったのは、18世紀半ばから19世紀にかけてだった。
さまざまな分野で機械化が進み、肉体労働や人の手による作業が減り、生産効率が爆発的に上がった。

20世紀末から21世紀にかけて、コンピュータ革命が起きた。
数値処理やデータ処理が、人にはできないほどの規模とスピードで行われるようになった。
ネットワークも世界的な規模で広がり、ネットワーク自体の概念も変わった。
そして、人工頭脳が発達しつつある。

産業革命が起きたときに、
「機械にばかり任せておいては、人間がダメになる」
そんなことを言った人っていなかっただろうか。きっといたと思う。
自分だったら言っていたと思う。

今、コンピュータやネットワークが発達し、今後、人工頭脳がますます発達する。
そうすると、「人類は、人工頭脳に滅ぼされるのではないか」との懸念が起きる。

でもたぶん、実際に人工頭脳が一般に普及した時代になると、あの頃なんであんなことを言ってたんだろうと、杞憂に終わるのだと思う。
というか、杞憂に終わってほしい。


となると、人は何を成長させていけばいいのか。
きっと、感情とか感覚とか、機械化できないものや数値に置きかえられないものなのだ。

美しいとか、汚いとか、感動するとか、悲しいとか、おいしそうとか、おもしろいとか......
痛いとか、痒いとか、くすぐったとか、気持ちいいとか......
五感や第六感
どこからわいてくるのか分からない感情......

そういう部分を磨いていこうと思う。
(なんだかよくわからないけど、それが大切だと降りてきたのだ)






2015/08/31   「勝機」のつかみ方

マラソンのテレビ中継が好きで、いつも最後まで見てしまう。
これは母譲り。
昨日の世界陸上の女子マラソンも、日本選手が全員ゴールするまで見てしまった。
当然最後まで見ていた母が、途中でつぶやいていた。
「ここで出なきゃ勝てないのに......。飛び出す勇気をもたなきゃメダルには手が届かない」
ゴールのあとで、高橋尚子さんが解説で同じことを言っていた。

選手は、自信がなかったのか、不安だったのか、体力的に準備不足だったのか、
テレビの前で観ている者には分かるはずもない。結果論で、好きなことを言う。

日本選手がトップグループの先頭に立っていたときに思った。
「勝機」の見つけ方は難しいと。
勝機が何度かあったとしても、ピッタリタイミングを合わせないと、勝利は手にできない。
結局、誰もつかめなかった。

「勝機」は見えないし、触れないし、近くにあると感じても手に届かなかったり、
届いたと思ったらするりとすり抜けたり、と思ったらスッポリ手に入ってきたり......する。
「勝機」と「運」は、同じようなものだ。


人生に勝ち負けがあるのか知らない。
だから人生に、"人生の勝機"があるのかは分からない。
でも人生の中で、小さな勝利、小さな成功はある(もちろん、敗北も失敗もある)。
人は、小さな勝利を目指して、その勝機をつかもうとする。
何度もチャンスがあり、何度も成功したり失敗したりしているのに、その成功の法則を覚えていない。
つかみ損ねたときのことはよく覚えているのに、勝利を挙げたときに、いつどうやって勝機をつかんだのかを覚えていないからだ。

何かを変えるために行動を起こそうと思ったら、こんなひと言で立ち止まらされた。
「まずは、時期を待つことです。時期が来れば、開けます」
勝機をつかもうと、目をギラギラさせていると、つかみ損ねないという教訓だと言い聞かせる。
待つことも、時には必要だと。



そういえば、ウチの太極拳では、やる気がリキミに繋がることを戒める。
いつも、ゆるんだ状態(体と心がリラックスし、いい意味で力の抜けた状態)でいることが大切だということ。
確かに、その状態なら、いろいろなことにすばやく対応できる。
待つときは、リラックスした状態で!
勝機のつかみ方、その壱として覚えておこうっと!!


2015/08/24   百聞は一見にしかず......だが

「百聞は一見にしかず」
には続きがある。

百聞は一見にしかず
百見は一考にしかず
百考は一行にしかず

その意味は、
百聞くよりも、ひとつ見るほうがよい。
そして、百見るよりも、ひとつ考えるほうがよい。
そしてそして、百考えるよりは、ひとつ行動するほうがよい。

――つまり、聞いて見ているだけでは不十分。きちんと考えなければいけない。そして、いくら深く考えても行動しなければ、現実に影響を与えることができない。

ではないのだそうだ。


行動する前に考えろ。
頭の中だけでつくり上げた虚構ではなく、
現場をよく見て、他人の意見をよく聞いた上で考えをまとめろ!

という意味なのだという。


いろいろな意見があるだろうが、どちらも"よし"としたい。





2015/08/18   お盆

お盆の写真を見ると、羨ましいと感じる。
https://twitter.com/mari_kasejin/status/632504342071762944
長崎の精霊流し、
京都の大文字の送り火、
徳島の阿波おどり、
青森のねぶたまつり、
沖縄のエイサーもそうか......
故郷には、この時期、お盆にふさわしい行事がない。


家には仏壇があるが、迎え火や送り火はやらない。
提灯も下げない。
簡単な盆飾りをして、精霊馬を作る。
キュウリの馬と、ナスの牛。
ウチの盆飾りには不思議がある。
ほおずきを吊す横棒が2本あり、鳥居の形にする。
仏壇に鳥居......。
なぜ、そうするのか、毎年作っている母も不思議だと思っているという。
それが、嫁いできて教えてもらったやり方だから続けている。

地方によって、きっと盆飾りも違いがあるのだろう。
しかし、いろいろな地方のお盆を見る機会は、そうそうない。
正しいやり方があるのか、正解があるのか、知らない。
ネットを見ても、よくわからない。

そういえば、ウチの仏壇にはご本尊が祀られていない。お位牌だけだ。
昔からそうだったので、別段不思議に思わなかったが、どうも違うようだ。
父は、今のあり方が正しいと信じている。というか、疑いを持っていない。


どうも、人は年齢を重ねさえすれば、諦観に達することができるわけではなさそうだ。
いくつになっても知らないことはたくさんある。
何もなければ、知らないまま。
それが、知らなくてもいいものならいいが、人としてとても重要な何かだったら、どうしよう。
もう手遅れです......となってしまうこともあるのだろうか。
知ろうとする姿勢、教えてもらおうとする姿勢があれば、いくつになっても知ることは可能なはず。
自分の知識がすべてだなんて思わず、謙虚に行こう。


お盆休みが終わり、東京には人が戻ってきた。


2015/08/17   大切なのは......

わたしにとって大切なのは

世界をほんの少し、良い場所にして去ることだ





ラルフ・ウォルドー・エマーソン